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書を持ったまま町に出よう

引きこもりぎみ方向音痴なアラサーOLが旅行したりする。歴史/美術/古典芸能すき。博物館・美術館/史跡巡り/謡蹟探訪メイン。

元岡古墳群G6号墳の象嵌大刀を見たはなし

刀剣 福岡県

 

 2011年に福岡県福岡市西区の元岡古墳群G6号墳(7世紀)で象嵌大刀が発掘されました。

元岡古墳群G6号墳は石室の天上石と見られる大型の自然石が3個露出しているだけの古墳。周囲は破壊されていて、墳丘は残っておらず古墳の形状は分からなかったようですが、直径18メートルほどの円墳だった可能性が指摘されています。

 

この大刀は長さ約75センチ。

表面はさびで覆われていましたが、X線撮影により刀の背の部分に「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果□」の19文字が象眼されているのが確認されました。

 下記はネットで観れるPDF資料です。

http://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/25547/1/230927-02.pdf

 2015年には19文字すべてを露出させることに成功し、数か月のあいだ市埋蔵文化財センターで展示されていました。

筆で書いたようななめらかな曲線の鮮やかな金の文字が非常に美しく印象的でした。

銘文は刀が作られた年月日などを記しているとみられ、最後の文字は「練」ではないかと推測されます。

 「十二果練」という文言が他に使われたことはないようですが、意味としては「百練」の同義で「すべてよく練りきたえた刀」となるのではないか推測されます。

 通常、鉄刀(剣)などの銘文での常套句は「百練」です。

七支刀が「百練」、稲荷山古墳出土鉄剣銘が「百練利刀」。それより少ない回数は江田船山古墳出土鉄刀が「八十練」です。

 銘文の意味としては 「寅の年、寅の月、寅の日。寅が3つ重なる縁起の良い日に12回(=何度も)刀を叩き鍛えて素晴らしい刀をつくりました」と推測されています。

(正月は別名「建寅月」といい、銘文にはないが寅の月)

 当時使われていた元嘉暦に照らしてみると、西暦570年1月6日が、年と日の両方が庚寅の日とのこと。

(年と日の両方が庚寅になる確率は3600分の1とのこと)

 この大刀は元嘉暦使用の実例としては日本最古だそうです。

また、古墳時代の銘文を持つ刀剣が全国7例、そのうち紀年銘のものは4例(伝世品含む)。そのほとんどが国宝・重要文化財にしていされています(七支刀や江田船山古墳の鉄剣です)。

 庚寅年の庚寅の日という年の陰陽五行思想的意味も重要で、庚寅は、金性の陽干である「庚」で、「寅」も陽なので、庚寅は金属の鍛錬に適しているとされているようです。

 

また、長野県ではこのような刀が見つかっています。

 三寅剣 - 信州の文化財 - 財団法人 八十二文化財

http://www.82bunka.or.jp/bunkazai/detail.php?no=4457&seq=0

 「三寅剣」の文字と四天王像と北斗七星が刻まれており、火入れによる鍛錬がなされていないため実用ではなく呪術信仰的性格の強いものと考えられるそうです。

「三寅剣」とは朝鮮半島での「寅の年・寅の月・寅の日(三寅)に作った刀は災いを避ける」という考えから作られた剣。

おそらく日本に奈良時代ころに伝わったものだろうと考えられます。

 

また、朝鮮半島では「四寅剣」も現存しています。

これは干支が寅の年、寅の月、寅の日、寅の時に作られた剣で、三寅剣よりも強い力をもち、国家の危機をはね除けるという「辟邪」の意味があるとのこと。

  

「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果(練)」の「庚寅日時」の文字が「庚寅の日と時に」と読むのであれば、この大刀は「四寅剣」として作られたのでしょう。

 また、こういった呪術的な意味を持つ刀は一度に多く作られることがあったので、「十二果(練)」も「(同時に)12本作った」の意味になるのかもしれないですね。

 

実際に見たのは去年ですが、思い出したので忘備録として。

 

2016/5/26追記

福岡市博物館常設展でこの大刀のパネルと副葬品がありました。

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