書を持ったまま町に出よう

引きこもりぎみ方向音痴なアラサーOLが旅行したりする。歴史/美術/古典芸能すき。博物館・美術館/史跡巡り/謡蹟探訪メイン。

土蜘蛛謡蹟めぐり① 北野東向観音寺

 

北野天満宮の参道の途中で左手を見ると目に入る北野東向観音寺。

 

ここには源頼光らに退治された妖怪・土蜘蛛にゆかりがあるとされる土蜘蛛塚があります。

 

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土蜘蛛「塚」といわれますが、実際は灯籠です。

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写真の木で覆いがされてる灯籠が土蜘蛛塚です。 

 

「土蜘蛛」灯籠由来

この蜘蛛灯篭はもと七本松通一条にあて、源頼光を悩ました土蜘蛛が棲んでいたところといわれた。明治年間に、この塚を発掘したところ、石仏や墓標の破片したものが出土し何等参考となるものとはなかった。そのときの遺物が、こゝにある「火袋」で、当時、ある人が貰いうけ庭に飾っていたところ家運が傾むき“土蜘蛛の祟り”いわれたので、東向観音寺に奉納したという。なお「土蜘蛛」とは我が国の先住穴居民族で背が低く、まるで土蜘蛛のようだったといわれる。

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能「土蜘蛛」のあらすじはだいたい下記の通りです。

源頼光は原因不明の病により床に伏せっていた。すると見知らぬ怪僧が枕元に忍び寄り、頼光に蜘蛛の糸を投げつけ襲いかかってきた。頼光は枕元の名刀・膝丸で切りつけ追い払い、騒ぎに駆けつけた家来たちは血痕をたどっていくことにした。葛城山まで続く血痕をたどった家臣らはついに岩窟に潜む土蜘蛛を見つけだし、見事討ち取ったのであった。

 

 

 

土蜘蛛塚が置かれているのと同じ敷地には伴氏廟という石造五輪塔があります。

これは菅原道真の母の御廟と伝わるもので、なぜ土蜘蛛灯籠と一緒のところに?と驚いたのですが、

元は隣接する北野天満宮の三の鳥居西側(現在の伴氏社の場所)に位置していたものが廃仏毀釈運動の際に移動してきたとのことです。

かつては洛中洛外図などにもよく描かれていたとのこと。

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