書を持ったまま町に出よう

引きこもりぎみ方向音痴なアラサーOLが旅行したりする。歴史/美術/古典芸能すき。博物館・美術館/史跡巡り/謡蹟探訪メイン。

占出山の三条宗近の太刀のはなし

京都・祇園祭長刀鉾にかつて三条宗近作の長刀が用いられていたのは今更言うまでもないことですが、現在占出山(京都市中京区錦小路通室町東入占出山町)も三条宗近の太刀を所有しているようです。

 

「国宝 三条小鍛冶宗近作 御太刀」

 

宵山期間中に会所で飾られていました。

「国宝 三条小鍛冶宗近作 御太刀」とのこと。それ以外の説明がなかったため詳細は一切不明です。国宝…? 

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この写真を撮らせてもらったのは数年前で、また毎年チェックしているわけではないのですが、どうやら基本的に刀袋に入ったままのようです。

 祇園祭宵山の期間、このように各町の会所では巡行当日に山鉾に飾る装飾品を展示しているところが多いです。また、町内の町屋がご厚意で所有している品々を通りから見えるようにしてくれていることもあります(屏風祭り)

 

占出山について

 

この山は、新羅征伐の出陣の様子をあらわす船鉾、凱旋の様子をあらわす大船鉾とともに、神功皇后を御祭神とする山になります。

占出山の御神体は神功皇后肥前国松浦川で鮎を釣って戦勝を占ったという伝説にちなみ、金の烏帽子に太刀をはき、右手に釣竿、左手に釣り上げた鮎を持って立っています。鮎という漢字が魚偏に占うと書く由来となったそうです。

ちなみに、船鉾のご神体の神功皇后は出陣の船を題材にしているため、神面をつけて緋縅の軍装をしています。一方、大船鉾の神功皇后は戦に勝って凱旋する時を題材にしているので、岩田帯の上は狩衣姿です。

 

神功皇后三韓征伐の際に、身重にも関わらず船に乗り戦の陣頭指揮をとり勝利の凱旋をしたとされています。

安産の神として公家の信仰も厚く、占出山には女院や公卿の姫君などから寄進された小袖や打掛・水干などが多数御神体衣裳として保存されています。

また、2013年には水引3枚が182年ぶりに復元新調されています。

水引(山の胴体側面を飾る幕)上部は「三十六歌仙図」の絵柄。金地に65色の絹糸で刺しゅうを施し、柿本人麻呂紀貫之など奈良・平安時代歌人とそれぞれの和歌を立体感あふれる技法で表しているとのこと。下部は緋色の羅紗地に円形やひし形などの唐花文様が配されています。

 

 

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