書を持ったまま町に出よう

引きこもりぎみ方向音痴なアラサーOLが旅行したりする。歴史/美術/古典芸能すき。博物館・美術館/史跡巡り/謡蹟探訪メイン。

希首座の祠に行ってきました(プラス手打ちの経緯めも)

細川忠興が手打ちにした大徳寺の僧・希首座を祀る祠です。

この際に用いられた脇差・希首座は島田美術館が所蔵しています。

 

 

希首座の祠

 熊本県図書館、くまもと文学・歴史館の敷地内です。(最寄駅は市電の市立体育館前駅)

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正面入り口から見て向かって左手の庭にあります。道なりに歩いていくと塀の向こう側に祠のようなものが見えてきます。

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希首座(きっそ)の祠(ほこら) | スタッフブログ|[公式]熊本市水前寺江津湖公園

この写真を手掛かりに行ったのですが、ちょっと様子が変わっているようです。

 

なお、現在の祠は昭和30年ごろに撮影された写真に写っているものとは違うため、建て替えられたものとみられています。

 

手打ちの経緯

まず、細川忠興と一色氏との因縁について。

細川忠興天正10年(1582)に妹婿にあたる一色義有を宴席に招き暗殺、その一族も殺害した。

救出された妹・伊也は忠興に切り付け、鼻に横一文字に傷を負わせた。

慶長19年(1614)、忠興は大徳寺を訪れた際に出迎えた数人の僧の中の一人・希首座を突然切り捨てた。

一説によると、希首座は一色氏の生き残りであり、仇討ちを果たそうと忠興に近づいたともいわれているが定かではない。

しかしこの後、細川家家臣だった希首座の弟・速水孫兵衛まで上意討ちしているので、何らかの理由があったのではないかと推測される。

大徳寺の僧衆は所司代板倉勝重に訴え出たたものの、細川家を潰せば喧嘩両成敗として大徳寺も取り潰すと言われたため、泣き寝入りする結果となった。

その後この刀は細川内膳家に伝えられたが、細川家に「希首座の祟りにや不思議の事共有」(忠興に奇行がつづいたといわれる)とのことで、希首座の霊を弔う目的で細川内膳家下屋敷(砂取邸)内に「希首座の祠」を建立し、毎年希首座の命日である2月17日に追善供養を執り行ったという。

 

参考資料 

熊本市にある旧江津花壇 (旧砂取邸) 庭園の変遷に関する研究」

http://ci.nii.ac.jp/els/110004307994.pdf?id=ART0006478176&type=pdf&lang=en&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1465437650&cp=

 

 

綿考輯録巻十八

慶長十一年二月中旬、大徳寺の希首座を子細有て御手討被成候、此事ニ付大徳寺の僧衆、板倉伊賀守殿迄訴状を上候へハ、伊賀守殿仰せニならぬ迄も、越中殿の身体を是非亡し可申と何も被存候哉、夫ならバ一山江戸へも御訴訟有へし、若又夫程迄強く不被思候ハヽ御分別あるへし、大徳寺ニかへても越中殿の身体を御潰し可被成と、よもや公儀ニ被思召ましきと存候と被仰しニより、自ら泣ねいりに成し也、此事に付希首座弟速水孫兵衛を御成敗被仰付候、仕手ハ松山権兵衛・松岡久左衛門ニて候、江戸御普請の石場伊豆国宇佐美ニての事也、諸国の者入込にて候間、騒敷無之様ひそかに仕廻可申旨ニて、益田蔵人宿ニ夜中ニ孫兵衛を呼寄候処、間二油火有之を権兵衛飛越手籠ニいたし、久左衛門突申候、

考ニ一書、此事慶長十九年二月之所に出(松岡か家記も同之)、乍然其比ハ忠興君御在江戸也、右希座主御手討江戸ニての事ニてハなく、御国ニての事と見へ申候、いつれニ江城御普請之年ニて候間今年なるへきか、既ニ速見孫兵衛を仕者ニ被仰付候ハ、伊豆国宇佐美石場ニてと有之、諸侯方伊豆より石を被運候事編年集成ニも見へ申候

又一書、希首座御手討ハ泰巖寺ニ逗留の節也、豊前か肥後か不分明、泰巖寺其時ハ大徳寺妙心寺かの派也しかとも、此節より曹洞宗ニ成申由と云々、

又一書ニ、いつの比にや妙心寺の吉首座并熊本霊雲院の住持に成し僧金西堂下り御咄の序に、三斎君御刀信長を抜て吉首座を切て落し給ふ金西堂は御手水鉢下に逃かゝみしに、和僧ニハ申分なしと仰らるゝ故に帰り畏る、後ニ金西堂人に向ひて、庭前の柏樹子も忘れて本来ノ面目もなき仕合なりと語りし、彼首座ハ筑前の方に密状を遣したる科共いひ、御児扈従衆をかうだいつめのたはむれの科共いふ、妙心寺の一山これを憤り、京の所司代板倉周防守殿江訴訟せられ、江戸江言上ありて給はるへしと有しか共、板倉殿返答ニ、一山ハ御潰し有共、細川家ハわけ有事なれハ御とがめ有まし、御取次ハならす直訴可被成と有しかは、是非なく其儘にて止にきと云々、此事別事なりや、又同事の相違か不分明