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書を持ったまま町に出よう

引きこもりぎみ方向音痴なアラサーOLが旅行したりする。歴史/美術/古典芸能すき。博物館・美術館/史跡巡り/謡蹟探訪メイン。

小鍛冶謡蹟めぐり⑤ 佛光寺本廟

三条宗近が刀を打つ際に用いた井戸があったとされる場所です。

同様の伝説が知恩院にもあるのでまた次の記事で。

 

アクセス

佛光寺本廟は三条宗近ゆかりの場所がたくさんある粟田口鍛冶町にあります。

鍛冶神社から御百稲荷神社があるウエスティン都ホテル京都へ向かって歩くとすぐです。

googleマップで検索するときは「佛光寺本廟」と入力しないと高倉通仏光寺下るの佛光寺が表示されるので注意。

 

三条小鍛冶宗近之古跡 

三条宗近は、粟田口三条坊(現在の東山区粟田神社付近)に住んでいたと伝わります。

粟田神社の東にある佛光寺の境内には宗近が刀を打つ際に使ったという井戸があったと『拾遺都名所図会』に記載があります。

現在は「三条小鍛冶宗近之古跡」の碑が立っています。

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由来 

京都市の解説板が立っていました。

宗近は平安中期の刀匠で姓は橘。信濃守粟田藤四郎と号し、東山粟田口三条坊に住したので三条小鍛冶とも称した。  

名刀子狐丸(注・原文ママ)をはじめ幾多の刀剣を造ったが、現存するものとして三日月宗近などがある。祇園祭長刀鉾の鉾頭の長刀は、宗近が娘の疫病治癒を感謝して鍛造し祇園社に奉納したものといわれ、特に有名である。  

拾遺都名所図会によると、佛光寺本廟境内に刀剣を鋳るときに用いた井水があったといわれる。(都名所図会では知恩院山門の傍とある)  なお、粟田口鍛冶町にある粟田神社境内に鍛冶社があり、また神狐の合槌によって名刀を鍛えたと伝えられる合槌稲荷社が粟田口中ノ町にある。

 

 

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